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――「長者町には、かつて山車があった。」アーティストKOSUGE1-16さんが、長者町界隈の歴史をリサーチする中で、戦火で消失するまで長者町に山車が存在していたことを知り、あいちトリエンナーレ2010とプレイベント(2009)にて山車を制作したことにはじまる「長者町山車プロジェクト」。 2009年は、長者町の繊維問屋さんから集めた布地を使い"やわらかい山車"を、そして2010年には、"かたい山車"を制作。「日本三大繊維街」にまでのぼりつめた長者町繊維街の発展を影で支えた丁稚奉公の実話をからくりで表現するとともに、まちの若手が曳き手となり、山車の練り歩きを行いました。 作品の構想から制作、練り歩きの練習、そしてゑびす祭りというハレの日の運行。プロセスの中で日々生まれる物語を経て、あいちトリエンナーレ2010終了後も山車プロジェクトは、「長者町で大事にしたい誇りが表現された」「まちの文化財にしていこう」との声から、保存・活用が決まり、2011年の長者町ゑびす祭りでも山車の練り歩きを行う運びとなりました。

 


長者町山車プロジェクト継続によせて

●アーティストからのメッセージ

”やわらかい山車””かたい山車”それぞれの立案の段階で、”つくる””みる”という関係に”ささえる”という軸を立てた。それは日本という地域が近代化の過程で置き去りにし、置き去りにしてしまった事自体も忘れてしまった”ささえる”という軸である。つくる事にもつくった後にも支えが必要、そんな面倒なアートを目指したのが、この「長者町山車プロジェクト」である。 さて、それが支えるに値しない物であったら、おそらく誰も支えてはくれないであろうという想像は容易に出来るが、今回の山車は幸運にも多くの人に支えられ、さらに保存継承の路を歩みはじめた。しかし、”支えが必要なアート”を目指したこの山車は”アート”の文脈を主な理由としない部分で支えられていると私は思う。だからと言って、アートである事の表明を急ぐばかりに、ドキュメントや結果としての展示物として落とし込んではいけない。 支えられている山車、支えている人々は文字通り両輪となって進み始めたばかりだ。私はこんな妄想を抱えている。「長い年月をかけて新陳代謝を繰り返していくと、やがて山車が人々を支えるという逆転がおこるのではないか」。実はこの妄想が現実になった時にはじめて、山車と町の”もちつもたれつ”が成立し、同時にアートとしての自立を成し遂げると予想している。補足すると、山車がアートなのではなく、人々と山車の関係性そのものがアートなのである。これはお金では買えないけれど、そこまで行くにはお金はかかる。人には頼めないけれど、多くの人手が必要である。時間を割くけれど、割ける時間は限られている。面倒な事ばかりだが、始めたからには何世代にも続く為の想像/創造を日々試みよう。物語は、はじまったばかりだ。 KOSUGE1-16 土谷 享(「長者町山車プロジェクト かたい山車」制作アーティスト)

●山車の曳き手、まちの担い手より

「(KOSUGE1-16さんから)『山車を通して人と人をつなぎたい』というコンセプトをきいていた。実際、大の大人がひとつの目標にあわせて進めていくプロセスの中で、人と人がつながる感覚がでてきた。山車をやってみて、それが分かった。今後はできれば、組み立てから曳くところまでまちの人で行いたい。(吉川さん)」 「昨年、山車を意地でも通す。通し方をこれから考える。という順番ではじまった。山車は単なる見世物ではなく、魂みたいなもの。商店主だけでなく、まちの従業員や町内会が参加できる山車が、ゑびす祭りの魂になっていってほしい。(堀田さん)」 「お金も場所も材木も、今年は何にもない。だからこそ個々で考えているだけではできない。山車を続けていくために、みんなで知恵をしぼっていきたい。(船橋さん)」 「山車のからくりには長者町繊維街のDNAがこめられている。毎年山車を曳くことは、それを大事にしていくということにつながる。(浅野さん)」

●長者町アートアニュアルより

あいちトリエンナーレ2010の閉幕から間もなく1年が経とうとしています。閉幕直後に「長者町とアートの出会い」をトリエンナーレ期間中の一過性のものにしてしまうのではなく、今後もまちが自主的に継続してこの出会いをさらに深め、「アートなまち」としての一面を日常化していく取り組みを仕掛けていくことを、「長者町界隈アート宣言」として公表し、「長者町アートアニュアル実行委員会」が発足しました。微力ではありますが、様々な方々の協力を得ながら、「長者町まちかどアート」や「真夏の長者町大縁会」などの活動を行ってきました。 その一方で、この1年の間にも長者町界隈では様々なことがありました。長者町繊維卸会館や旧モリリン名古屋支店ビルの解体、伏見ビル計画(仮称)の更地も駐車場になり、去年のトリエンナーレ期間中の面影はなく、長者町界隈のタカラモノが少しずつ失われていることを感じます。 そうして、間もなくゑびす祭りを迎えようとしています。今年も「長者町山車プロジェクト」を行うことで、まちに昨年の面影がなくとも、昨年の記憶を思い起こし、新たに語り継ぎ、支え続けることで、長者町界隈の歴史や文化、記憶や思い出を山車に刻んで、これからのまちのタカラモノにしていきましょう。 武藤隆(長者町アートアニュアル副会長)

●2010本展のようす

長者町山車プロジェクト日誌 アーティスト KOSUGE1-16さん